
近年、野球選手やアスリート、延いては発達障がいやその傾向のある子供たちへの療育にも、取り入れる機会が増えたビジョントレーニング。
「なんとなく聞いたことはあるけど、いったい何をするの?そもそも何のこと?」と言う方も多いと思います。そんなビジョントレーニングについて少し詳しく解説していきます。
ビジョントレーニングの始まりは?
ビジョントレーニングの発祥の地はアメリカで、80年以上の歴史があることで知られています。アメリカ第36代目のジョンソン大統領の次女、ルシーさんが当時学業不振だったことから、視覚機能に問題があると示唆されてトレーニングを受けたことがきっかけだったと言われています。
そしてその結果、視覚機能が改善されて、学校の成績がどんどん上がっていったそうです。
ルシーさんは後に、自身の経験を生かして多くの視覚障がい者のトレーニングに携わり、その改善に貢献したとのエピソードもあります。
視覚機能の専門家『オプトメトリー・ドクター』

その後アメリカでは《オプトメトリー・ドクター》という国家資格が誕生しました。オプトメトリーとは検眼学のこと、つまりは視覚機能に関する学問です。そのためアメリカでは《眼科医=眼の病気の治療や手術に専念》《オプトメトリー・ドクター=視覚機能向上に対応》という役割分担ができているのです。
《オプトメトリー・ドクター》の主な役割
- 眼鏡やコンタクトレンズの検査
- 視力の矯正
- 眼球の動き、視空間認知力のアセスメント
- トレーニングの指導 など
日本には「視能訓練士」という国家資格がありますが、ほとんどの場合は斜視や遠視、弱視などの改善に対応することが中心で、視覚機能全般のアセスメントやトレーニング等に直接関わることは少ないのが現状です。
渡米してオプトメトリー・ドクターの資格を取得した「視覚機能の専門家」の方々が現在、日本でビジョントレーニングを普及する活動を行っています。そのおかげで「見る力」が弱いがために困っている子供たちの存在が着目されるようになり、発達にも効果的であることが広まってきたのです。
視覚機能とは視力のこと?
広告などで時々目にする「ビジョントレーニングで視力が改善!」のような文言。実は私もビジョントレーニングの勉強をするまでは《視覚機能=視力》というイメージを持っていました。さて実際はどうでしょうか。

「ビジョントレーニングで改善されるのは視力ではない」「視力は視覚機能の一部」というのが答えです。
《見たものを正しくインプット→脳の中で認知→スムーズなアウトプット》この一連の流れを作り、勉強やスポーツを始め、日常生活に必要な動作のパフォーマンスを向上させる方法が「ビジョントレーニング」です。
人間はどの程度視覚に頼っているか

上の図は、私たちの五感の中で、どの感覚にどの程度頼っているかを表しているものになります。それぞれ嗅覚=3.5%、触角=1.5%、味覚=1.0%となっています。では視覚と聴覚ではどのような割合になっているでしょうか。ちょっと予想してみてください。
正解は・・・


なんと、視覚に87%も頼っていることが明らかになっています。意外だったという方が多いのではないでしょうか。
この結果だけでも、ビジョントレーニングで視覚機能を高めることが、どれだけ重要なのかがわかりますよね。
ビジョントレーニングで改善可能な視覚機能
上述したように視力に関しては、ビジョントレーニングだけで改善することは難しいと言われており、近視や遠視などで視力が弱い場合は、眼鏡やコンタクトレンズの着用で解決するケースがほとんどかと思います。
ここで、ビジョントレーニングによって改善される可能性がある視覚機能について、簡単に解説していきます。
◉眼球運動
特定のものを目で追ったり(追従性眼球運動)素早く対象物に視線を切り替える(跳躍性眼球運動)機能。この機能が正常に働いていることで、文字の読み書きを正確に行えたり、飛んでくるボールをスムーズにキャッチできます。
眼球を動かす機会が少ないと眼の筋肉がだんだん弱ってきて、見る力が衰えてきてしまいます。
◉両眼のチームワーク
両眼を協調させながら物を見る機能。片目だけで見る癖がついていると、目が疲れやすいだけでなく、肩こりや頭痛の原因にもなります。
◉視空間認知
空間全体をつかむための機能。大小や長短がわかる、相手の人や物までの距離を把握する、見たものを立体として捉える、などができるのは、この視空間認知が正常に働いているからです。
◉目と手の協調
見た情報に素早く手を反応させる機能。食事をする、文字や絵を書く、スポーツ(特に球技)にはこの機能が欠かせません。
◉周辺視野
視野の端に映る情報をキャッチする機能。特にスポーツや車の運転時など必要になってきます。現代ではスマホやゲームなどの普及により、視野の狭い子供が増えていることが予想されます。
どの視覚機能も日常生活をスムーズに送るためには欠かせない機能ですよね。視力に問題がないのに「見る力」が弱いのは、これらの機能がうまく働いていないことが原因となっているケースが多いのです。発達に課題がある子供たちは特に、その傾向が見られやすいのも特徴です。
大人も子供もやってみよう!1日3分でもOK〈眼球運動トレーニング〉
見る力を高めるためにはまず、眼球運動トレーニングをできるだけ毎日続けて行うことが挙げられます。
以下に《追従性眼球運動》《跳躍性眼球運動》《輻輳》の3つのトレーニングをご紹介します。
1日10分程度、朝に行うのが理想ではありますが、それが難しければ1日3分から時間を問わずに始めてみてください。
子供が喜ぶマスコット(ペン先についているものでOK)などをご用意ください。大人が行う場合は、自分の指を指標に見立てて行うこともできます。
どの眼球運動も頭は動かさずに目だけを動かすことがポイントとなりますが、子供の場合は無意識に動いてしまうことのほうが多いかと思います。
- 床に寝転んで行う
- 壁に寄りかかって行う
- 頭を軽く押さえてあげる
などの方法を試してみてください。もし頭が動いてしまっても、楽しく自発的に取り組んでいれば無理に直さなくても問題ありません。子供自身がコツをつかむまで、気長に待つことが好ましいでしょう。
眼球運動トレーニングは大人にも高い効果がありますので、ぜひお子さんと一緒に取り組んでみてくださいね。
※目に疾患があり、通院または治療中の方は、主治医に眼球運動を行ってよいかを確認してから始めてください。
追従性眼球運動トレーニング
一つの目標物から目を離さずに追う眼球運動になります。この動きができなければ目と手を協調させることにも支障が出て、書字やキャッチボールなどが苦手になってきます。
そしてこの眼球運動には、集中力を高める効果もあります。追従できる時間が長くなった=集中力もついてきた、ということになります。
指標はできるだけゆっくり動かすことを意識してください。

跳躍性眼球運動トレーニング(サッケード)
視点を別のポイントへ素早く切り替えていく眼球運動になります。視覚過敏があったり、対象物と背景を区別をする《地と図の分化》が苦手な場合、視点を切り替える動作も苦手になる傾向があります。
跳躍性眼球運動はこのようなケースを抱えている子供にも、とても効果的なトレーニングとなっています。
可能であればメトロノームを使い、60~70のテンポで行っていただくのがお勧めです。または「みぎ・ひだり」「うえ・した」など声掛けしながら、テンポよく行ってください。

輻輳(寄り眼)
両眼のチームワークに関わる寄り眼の動きです。輻輳がうまくできない=両眼が一緒に動いていない証拠です。その場合、片目だけを使って見る癖がついている可能性もあり、目が疲れやすい状態にあると言えます。
輻輳トレーニングで目の疲れを解消しましょう。

〈原始反射〉〈感覚統合〉にも着目しよう

「見る力」に関しての根本的な原因に《原始反射の統合》《感覚統合》の問題があって、視覚機能に影響を及ぼしていることが知られています。
姿勢が崩れやすい、ボディーイメージが弱い、手先が不器用、癇癪を起こしやすいなどが目立つ子供たちは、原始反射や感覚統合トレーニングを行っていくことで、その困り感が軽減される可能性があります。


全国各地で活躍する〈ビジョントレーナー〉
今日、トレーナーを養成する民間の団体で、発達支援に関わる多くの方々がビジョントレーニングを学び、子供たちへ見る力を育てる遊びを取り入れて、発達の土台を構築するために奮闘しています。
私もその一人です。支援者のみにとどまらず、自身の子育てに活かすために学んでいる保護者の方々もいらっしゃいます。
ビジョントレーニングは「トレーニング」という名前こそついていますが、「楽しい遊び」そのものです。でも実はそこに、見る力を大きく育ててくれる要素がたっぷり詰まっているのです。

例えば、「転がしたビー玉を取るだけの遊び」ひとつにしても、《追従性の眼球運動》《目と手の協調性》《視空間認知》を高めてくれますし、体の左右に転がせば《交差運動(体の中心軸から左右へクロスする動作)》にもなります。
支援する側には様々なねらいがありますが、取り組む子供たちから見たら「トレーニングをしている」という意識は少ないのではないでしょうか。
「ビジョントレーニングを学んでみたい!」と考えている方は、基礎的な講座からプロのトレーナーを養成する講座まで、オンラインを含め各地で開催されています。ご自身の目標や目的に合わせて、学びを始めてみてはいかがでしょうか。
スキルアップにつながるのはもちろん、学びがきっかけで子供への関わり方や価値観が変わり、今まで以上に効果的で子供に寄り添った支援が行えるようになることを実感していただけると思います。

まだまだビジョントレーニングの認知度は、高いとは言えない状況です。少しでも興味を持たれたら、ぜひビジョントレーニングの知識を深めて、子供たちの見る力を育む遊びをどんどん取り入れていきましょう。

